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DKMC 専属ファッションデザイナー兼 アーティストの mucha (むちゃ) が 独自に編み出した新感覚エンターテイメント作品である [音楽映画作品] 。その第一作【 Blue Blaze Blue Birth 】(ブルー ブレイズ ブルー バース)について、あらすじや見どころなどをご紹介しております。
また、現在この作品の音楽版を 音楽ダウンロード販売サイトにて販売しております。
mucha の創作する [音楽映画作品] とは、その名の通り “楽曲から生まれ、そこにストーリーが付き、音楽と物語が一体化した”ような 作品です。
主人公による台詞が物語を語り、そして絶え間ないバックソングがそれを盛り立てる。
それは、耳から聴くだけでも まるで映画を見ているような感覚になれる そんな新感覚なエンターテイメント作品であると言えます。
また、その 作詞作曲・物語執筆・伴奏編曲演奏(ピアノパートを除く)・歌唱実演 等の全てを、 作者本人が一人で創り上げている、という点も この音楽映画作品の特徴の一つです。
そして そんな 耳からだけでもお楽しみ頂けるようなこの作品ではありますが、さらに視覚的にも物語の世界観をお届けできればと思い、拙いながらに 自ら作画も行い、(静止画のスライド形式ではありますが) 映像も創作し、目と耳の両方で 限りなく映画に近い形でお楽しみ頂けるような作品を目指し ここに至りました。
そして更なる見どころとして、唯一 mucha 本人が手掛けていない “伴奏のピアノの旋律”が挙げられます。
それの編曲・演奏を務めてくださっているのが、ピアニスト:Steven Shaw (スティーブン シャー) 氏です。カナダ出身 日本在住の熟練ピアニストであるこの方は、日本人なら誰もが一度は行ったことがあるかも知れない とある有名な某所で、約20年以上 ほぼ毎日のようにワンマンショーを行ってきた、実はちょっと有名な ピアノパフォーマーなのです。
そんな彼の奏でる“唯一無二な ピアノの旋律”は、この音楽映画作品と共鳴した時、その情景を飾り立てるために 無くてはならないものとなり、作品の見どころ もとい 大きな聴きどころの一つとなっております。
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この物語は、とある列車の魂と、過去にそこに関わった人々の魂とが織り成す、追憶と清算の奮闘記である。 主人公「四坊」(よんぼう)はその兄たちと共に、今まさに、自身の生涯の終末に瀕する場所で、静かにたたずんでいた。しかしそこから走り出すための“とある切符”を手にしてその兄弟らは、もう一度最期の務めへと駆け出していく。それは、様々な列車として生きた、それぞれの前職時代へと遡(さかのぼ)る、“追憶のラストラン”なのであった。
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物語の冒頭——
灼熱の溶鉱炉を前に、他に誰の影もない列車の中、一人佇(たたず)む少年がいた。
どう見てももうどこの駅へ辿り着くこともないであろうその状況の中、しかし彼はその手に、とある切符を握らされていて…。
物語はそこから走り出す。
舞台はもくもくと粉塵の立ち込める、一寸の光も通らない穴蔵へと移る。そこで主人公はその炭鉱トンネルを走るトロッコ列車に乗り込んでいた。他には謎の運転士と一人の張りつめた炭鉱作業員の姿が。そして事態は一刻を争うと言うように、列車は奥へ奥へと突き進み、そこに彼らを待っていたものとは…。
陽の下へ出た主人公の舞台は、打って変わって、空に近いところを走る蒸気機関車の上となる。その運転席には主人公のよく見知った人物が、そして前方には何故か、動き出さないもう一台の汽車が…。そこには精悍な顔つきをした沢山の青年らが乗っていて…。 そこで彼らは何と別ち、一体何を繋ぎ止めようというのか——。
舞台は陽も落ち雨も横殴り出した最悪のコンディションの中走行する、ディーゼル貨物列車の車内にあった。そこにいるこれまた見知った顔が一名と、博士なる者が一人。そこに漂う空気は重く、しかしその列車にはもっと重たい積み荷が乗せられていて…。 何が正義か悪か、そのどちらになるか。彼らの正しく在るための最期の悪あがき決戦がそこに、幕を開ける。
物語はクライマックスを突き抜けたそこで、巡り巡って、あの始まりの舞台へと奇異にも辿り着くこととなる。そしてそこにはまるで待ち受けていたかのように、手を差し伸べる不思議な少年の姿があって…。 迎える結末を終わりと称すか、続きの始まりと捉えるか、思い思いの空にまで、その逡巡は——昇ってゆくのであろう。
『列車の鐘が、カカン カカン
僕ら四兄弟は、今日も行くよ。』
四坊(よんぼう)
:この物語の主人公。とある列車の魂が人形(ひとがた)を成して生まれた少年。四両編成の四兄弟の末の子。また、現在の客車になる以前、ディーゼル貨物列車の荷台として走っていた時代には、何やら訳ありのようで…。
『また何度だって、俺が守り抜いてやる。』
一兄(いちにい)
:主人公四坊の一人目の兄。四両編成の四兄弟の長男。また、客車になる前職ではとある炭鉱の動力式トロッコ列車であった。しかしその最期に何やら忘れられない出来事があったようで…。
『頼む、奥に、奥にまだ、
部下たちがいるんだ...!』
〔班長〕穴井 照義(アナイ テルヨシ)
:一兄の前職時代の仕事現場であった炭鉱で、そこに働く掘削工事作業員たちの頭領をしていた班長。彼には未だに抜け出せていない深く遠い暗闇があるようで…。
『じゃあみんな、行くよ?
もう一度、全速前進っ!!』
二兄(ににい)
:主人公四坊の二人目の兄。四両編成の四兄弟の次男。現在の車両になる前職では、民間の蒸気機関車として立派に黒煙を上げていた。しかし彼はその最期の務めを果たしきれなかった無念を未だその胸に、燻ぶらせているようで…。
『承知しました。
どうか、助太刀願います!』
〔青年〕青野 蒼汰(アオノ ソウタ)
:二兄の前職であった蒸気機関車に乗っていた青年。胸元に水色のハンカチーフの切れ端しを結んでいる。そして彼は何かその胸に覚悟を決めて、大切な人を後に残し、そこに乗っていたようで…。
『じゃあ、私も一緒に守りに行きます…!』
〔少女〕青野 君歌(アオノ キミカ)
:二兄の蒸気機関車に乗っていた青年の妻。首元に彼と同じ水色のハンカチーフの切れ端しを結んでいる。彼女は何か、新婚早々遠くへ行くという彼を追い駆け、危険な橋渡りをしてでも訴えたい思いがあるようで…。
『四坊、あの場所へ行こう。』
三兄(さんにい)
:主人公の三人目の兄。四両編成の四兄弟の三男坊。彼は前職でも四坊の兄として同じディーゼル貨物列車の先頭車両を務めていた。しかしその二人でこなした最後の貨物輸送の仕事は、何やら彼らの間で最大のタブーとされているようで…。
『ああ、約束する。』
〔博士〕ロドリコ・フランツ
:主人公四坊と三兄が前職のディーゼル貨物列車だった時代、その最後に輸送したとある謎に包まれた巨大な積み荷、それを開発した張本人だったという博士。しかし実際それは彼の本意ではない発明であったようで…。
『君らの、栄光を祈る…!』
〔隊長〕貫 直継(ツラヌキ ナオツグ)
:主人公四坊と三兄の前職最期に輸送したとあるいわくつきの積み荷、その極秘運搬作戦を任されていた軍の小隊の隊長。しかし彼と彼の率いる小隊は、その任務を命じた本隊の本当の目論見を知らされぬまま、それを遂行させられていたようで…。
『隊員総勢23名、移動完了よし!』
〔副隊長〕モーガン 正友(モーガン マサトモ)
:謎の積み荷を預かる軍の小隊の副隊長。隊長の右腕となりその極秘任務を遂行するも、何やらその大命の掲げているものが、真の正義であるのかどうか計りかねているようで…。
『ここから連れ出してやるよ。』
〔不思議な少年〕Vairu(ヴァイル)
:物語終盤にその姿を現す、どこかニヒルな雰囲気を持つ謎の少年。不思議な唄を歌うその神出鬼没な言動には、何か用意周到な意図があるようで…。
『・・・・。』
〔少年のお供〕Ivy (アイビー)
:物語の番外編楽曲にて、不思議な少年ヴァイルと共に旅をする相棒。そしてその巡った場所はどこも、何やら癒えない過去の古傷を未だ漂わせているようで…。
初めまして、この作品を創作いたしました muchaと申します。 この度はこの作品 またはこちらのページをご覧頂き、誠にありがとうございました。
私がこの作品に込めた想いとしては、数織り交ぜた信念表現の中からもやはり「有終の美」ということについてが 一番に描きたかった事柄なのだと 感じております。
それは、物事を最後まで立派にやり遂げること。
しかしこの物語は冒頭、主人公たちの後悔から始まります。 しかもそこは、彼らの生涯の本当の終わりに瀕する場所で―。 このまま行けば、彼らは終わってもなお 後悔を抱えることとなるのか―。 いや、きっとむしろ、未来永劫(えいごう) その後悔に終わりなどないのでしょう。 ――終わっていないのです。 彼らの中で、前職時代救えなかった人々の無念は、終わることがないのです。 そしてその無念の中散っていった人々の魂もまた、終わりのない哀しみをループしている――。
四坊たちは、その魂たちを救い出すと共に、その哀しみを 終わらせに行ったのです。
それはもちろんフィクションだからこそ成せる事象だったかも知れませんが、「――過去も未来も変えてやる――。」そんな心意気は 現実をも動かし得(う)ると、私は思うのです。
また、そうでなければ終わらない哀しみや苦しみが、現代にもあると思います。
作中のそれぞれの前職時代の出来事は、私が普通教育の歴史の知識から想像して書き上げた、“ありそうで、本当にあったかどうか定かではない”というような歴史上の悲話でありますが、その先人たちの想いも汲(く)み、きっと誰もが“こうしたかった。”そう思ったであろうその思いを、もう一度やり遂げられる物語を ここに叶えてみたのです。
そして その役目を負うことが出来るのが、今も猶(なお)生きている、彼ら四兄弟の四両列車しか いなかったのです。 彼らは人工産物であり、さらに 前職時代からの名残りも、その車軸のどこか一部分くらいにしか受け継いでいない 新車両となっても猶(なお)、あの人々を『救いたかった。』と―。 モノですらそのように記憶を刻んでいるものなのだと、私は思っております。 だからこそ、その魂と魂とが共鳴し、あの再奮闘劇を 巻き起こしたのです。
つまり、今生きている者にこそ、過去も未来も変え得る可能性が持たされている。 そんなことを 感じて頂きたい。
そして出来ることは恐らく、本文の全(まっと)う。 四坊たちは列車ですから、列車としての自分たちに出来ること を 最後まで精一杯務め上げたこと が、彼らの有終の美でありました。 また作中登場したそれぞれのキーパーソンたちも、皆本当にそれぞれの出来る限りのことをやり遂げました。 それだけで、その過去には成し遂げられなかったことが、スーパーヒーローや魔法使いなどを召喚しなくとも、彼らだけで 悔いのない結果へと変えることが出来た。
それが本文の全う、魂の完全燃焼が持つ 真の力なのだと思います。
Blue Blaze Blue Birth ———— 碧(あお)い炎 碧い誕生 それは、一番熱く燃える、この世に誕生(うま)れたものたちの栄光なのだと、その様なことを この作品がお伝えできていれば、私は幸いな限りです。
mucha
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制作者
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mucha |
原作/作詞作曲/編曲 音楽(ボーカル・コーラス・ギター・ベース・パーカッション・ドラム) 実演/キャラクターデザイン/作画/編集/監督 |
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ピアノ編曲・演奏 | |||||
背景作画参考地
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*群馬県安中市にある鉄道博物館、碓氷峠(うすいとうげ)鉄道文化むら様は、当作品の背景作画の参考として、その展示の列車の内外を撮影し、作品に使用することを温かく承諾してくださり、お陰様で作画初心者の私でも物語の世界観をより鮮明に描き上げることができました。 こちらは、屋外展示場に歴史ある本物のとても貴重な旧列車の数々が立ち並んでおり、駅のホームの高さからでなく、地べたから見上げるその列車たちは想像以上に迫力があり、それはそれは圧巻な光景を体感できる素敵な施設でした。 |